「ヴォーカルトラック提供」のインパクトについてもう少し詳しく

ランティスが「楽曲の使用許可」ではなく「ヴォーカルトラックの提供」を行なうというのを、先のエントリでは「本当に勇気のいる決断」とさらっと書いてましたが、この話は、今までに前例の無いどころじゃなく、誰しも想定すら出来なかったぐらい本当に凄いことだと思います。なぜならそれまではレコード会社以外誰も持っていなかった、レコード会社の財産の一部そのものをレコード会社がユーザに無償で提供するという決断だからです

ランティスの決断の意味

ニコニコの職人へのランティス/JAM Projectからの音源提供と言っても、「CDの音源を使って良いからMAD映像作ってもいいよ」「カラオケトラック使ってもよいから是非歌ってみてくれ」レベルなら、ユーザー視点からはあくまで許可にしかなりませんでした。もちろん音源の使用許可が得られるというのだけでもそれは非常に斬新なことなんですが、実は今まででも「おおっぴらに使っちゃダメ」だっただけで、音源そのものはユーザーの手元にある(少なくともリッピングで簡単に手に入る)状態だったわけです。

ところが、「ヴォーカルトラック」となると話の次元が全く違います。レコード会社が持つ財産は基本的に権利という抽象的概念に立脚したものですが、実体の存在に立脚する財産もあります。それが「音源(原盤)」です。そのような代物は、本来「レコード会社」にとっては基本的に門外不出であり、大げさ誇張掛け値なしの「レコード会社が有する財産」なわけです。

勿論ユーザーが音声編集ツールを駆使して通常トラックとカラオケトラックの差分を取ってボーカルトラックを抽出というのは十分可能だったのでしょう。しかし少なくともそういう作業は、本音源やカラオケ音源と比較して格段に高い障壁でしたし、ヴォーカルトラック抽出ができない場合だって沢山ありました。

しかし、JAM Project/ランティスは、レコード会社の財産とでも言うべきものをニコニコユーザーに提供してくれるわけです。驚きを禁じえません。正直いって今でもニュースが信じられないです。この決断は本当に素晴らしいものです。ランティスの社長さんは、元々影山ヒロノブさんのバンド仲間(「レイジー」のキーボード担当)だったそうで、ニコニコ動画イノベーションの本質を体感的に感じているのかも知れませんね。

なぜ「ヴォーカルトラック」なのか妄想してみる

判断の素晴らしさはさておき、なぜ「本音源の許諾」でも「カラオケ音源の許諾」でもなく「ヴォーカルトラックの提供」だったのか、という話をちょっと妄想してみたいと思います。もちろんMAD作成職人サイドから見込まれる需要や企画意図というのもあるのでしょうが、この辺にはやはり「大人の事情」というのが大きいのではないかと邪推してみます。簡単に言うと以下の二点からではないでしょうか。

  1. レコード会社への売り上げの影響が小さい
  2. 権利処理が非常に単純

第一点目については、JAM ProjectのCDとは全く需要が被らないというのが明らかと言い換えられます。無伴奏のボーカルトラックを普通のファンが欲しがりはしないでしょうし、そういうのをコレクション的に欲しい人ならCDは間違いなく買うでしょう。提供した音源が市場を食うことがありえないわけですから、企業にとっても経済的な損失はありません。

そして第二点目。実はこれが結構大きいのではないかと思います。レコード会社が音源を作るのにも非常に多くのミュージシャンやエンジニア、権利関係者が入り混じることになります。細かく言うといろいろあるでしょうが、ざっと数え上げただけでも

通常音源(歌入り)
シンガー、カラオケ伴奏関係者(実演者)、作詞者、作曲者、編曲者、レコード会社
カラオケ音源
カラオケ伴奏関係者(実演者)、作詞者、作曲者、編曲者、レコード会社

これだけの権利関係者が入り混じるわけです。しかし、ヴォーカルトラックの提供の場合は恐ろしく話が簡単になります。

ヴォーカルトラック
シンガー、作詞者、作曲者、レコード会社

これだけの権利処理で済みます。そしてさらに提供される楽曲「Rocks」については、作詞作曲とも影山ヒロノブです。彼はJAM Projectの中心人物ですから早い話影山ヒロノブとレコード会社社長(影山ヒロノブのバンド仲間)に話を通せば90%は話が通ったも同然なわけです。

もちろん、それ以外にも「JAM Project」という名称を使用したり、ロゴマークの利用したり、なんていうあたりの権利処理も色々とあるのでしょうが、一番ややこしそうなところである「音源の権利処理」を比較的簡単にクリアできるというのがポイントだったのではないでしょうか。

この企画がニコニコ動画と日本のネットにもたらすもの

JAM Project協賛のこの企画は、ただ単に「MAD祭りを堂々と行える」ということに留まりません。ニコニコ動画というのは著作権などの絡みもあって非常にグレーな存在というかもう世間的印象としては真っ黒なサイトといっても過言ではなく、私を含むニコ厨の人が「新たな創作と発表の場」という主張をしても、どこかしら「後ろめたい」気持ちがあったように思います。しかし、今回のJAM Projectの協賛企画は、「権利者サイド、ミュージシャンサイドにも理解者がいる」という事実をニコニコ動画のユーザーみんなに知らしめることになります。全面的に認めるわけじゃないでしょうし、音源の丸々うpなんかはご法度でしょうけれども、少なくとも全否定する人ばかりじゃなかった、ニコニコ動画について私を含むニコ厨の皆さんが言いつづけていた話を、一部でも理解してくる人が権利者サイド、ミュージシャンサイドに実在したという事実が何よりの朗報だと思うのです。

全てが許されたわけではないでしょう。未来はまだ明るいとはいえないでしょう。しかし、確実に光が差し込んで来ました。今までに何度となく書いたセリフですが、今改めて思います。「日本始まったな」、と。